2010年10月31日日曜日

神保町

すっかりご無沙汰をしていました。意外と書くことに困ってしまって、というかチェーホフ短編集の感想を書くつもりが、まだ読み終わっていないので宙ぶらりんなこともあって、ずるずると。

これではいかん、と神保町の古本市に行って来たのですが、昔ほど古本にときめかない自分に気づかされつつ、それでも午後いっぱいぶらっとしてきました。最近、読みたい本がたまりにたまっていて、古本屋で面白そうな本を見つけても、それを読む時間を手に入れた自分を想像できず、置き場所ばかり気にかかってなかなかレジに持っていけません。

というわけで、すずらん通りのキズ物本たたき売りなども目を通しながら、買うには至らず。かろうじて編集(河岸)氏が「厳松堂半額ですよ!」と興奮して言っていたのを思い出して、「教養小説の展望と諸相」という本を買ってきました。1400円だったし、有名な人も何人か書いているので、悪くない買い物だったかな、と。ちなみに彼が買っていた「ミハイール・バフチーンの世界」はまだ在庫があって、買おうか迷ったのですが、同じ本を買うのも芸がないと思ったのでやめました。

あとは「トールキン指輪物語事典」というのを衝動買いして、ネットで見たらけっこう安く出回っていたけれど、こういうのは一期一会だから、まあいいか、と。「芸術と策謀のパリ」という本がワゴンで400円で出ていたのを迷って買い損ねたのをいま少し後悔しつつ、でも残りの2冊がずいぶんと重かったのです。誰か明日以降行って、まだ見かけたら買っといてください。

前回買うのを見送った白水社の「仏和大辞典」が、またワゴンにあって、3000円で、迷ってまた買いませんでした。金額以上に、重い本を持って帰るという覚悟が毎回つきません。だれか重さ以上の情熱がある人は買ってみてください。
「事典 現代のドイツ」というのも2冊別々の場所で見かけて、データが古そうなので買わなかったけれど、役に立つものだったかも、といま思っているところ。

そんなところで。ちなみに、ワゴンセールについては水曜までやってると思います。

2010年10月26日火曜日

国会図書館1

 今日久しぶりに編集室に顔を出したら、髪の青くなったブロンドがいた。長い間会っていなかった。俺は例の「バラ色の街角に消えた女」の不毛な捜査に追われていたし、ブロンドも最近までダージリン襲撃事件にかかりっきりだったからだ(ホシをあげたのはブロンドのお手柄である。ちなみにホシはあのジャンゴだった)。

 俺は資料を集めに国会図書館に行かなければならなかった。しばらく雑談した後で俺が席を立つと、ブロンドも時計をちらっと見て立ち上がった。「どっか行くのか?」と聞いたら、何と国会図書館に行くのだという。妙なめぐり合わせに驚く俺に、ブロンドは「何で髪を青くしたのか忘れてしまってね。国会図書館の遺失物係に理由を聞きに行くんだ」とぼそっと言った。

 外に出ると、空は暗くて、秋の雨が霧を撒くように降っていた。二人とも傘を持っていなかった。雨の本郷通りを駅まで歩いた。人通りが多かったから走りようもなかったが、そもそも走って避けるほどの雨でもなかった。まつ毛に溜まった水滴が頬を伝って流れ落ちた。湿っぽいメトロの階段を下りたら、ちょうど列車がホームに到着したところだった。飛び乗ると同時に、後ろでドアが閉まった。いつもより明るく見える白熱灯を反射して、雨に濡れたブロンドの髪が青く光った。

 国会図書館の方へ、列車は地下トンネルを進んでいった。 

2010年10月15日金曜日

Kindleユーザーは紙の本もお好き

Kindleについてばかり書いているのもあれなので、たまには紙の本について書きます。ただKindleについてちょっとだけ書き足すと、まず日本でも発売されるらしいという情報がだんだんと飛び交いつつあるので、買うのは様子を見てもいいかもしれません。ハードは変わらないと思いますが、日本のアマゾンで本が買えるか、そして日本語入力ができるか、という点についてはなんとも言えませんので。前者は商売を考えれば大丈夫だろうし、後者についてもハードが同じという前提でたぶんOSの差し替えで何とかなるとは思いつつ。
もう1つ、Kindleを持っていると、朝(or昼)に授業に慌てて向かう時に、どの本を持っていくか迷って、気づいたら電車に乗り遅れて早速その本を読む羽目になるという、至福の時間を避けることができます。あと帰りの電車で今日は疲れてるな、と思ったら読みやすい本に切り替えたりもできるので、基本的に読みたい本と持っている本がずれるという不幸が回避できて、これは結構ありがたい。

…あ、もうずいぶんな長さに。 沼野充義訳「新訳チェーホフ短編集」を大絶賛しようと思っていたのですが、これはまた今度。

2010年10月11日月曜日

追悼 池部良

 池部良が死んでしまった。小林桂樹も死に、池内淳子も死んだ。映画黄金期の俳優女優が次々に亡くなっていく。

 池部良は戦前に島津保次郎の映画でデビューした、まぎれもない大スターである。デビュー後すぐに召集され、南方のハルマヘラ島で中隊長として終戦を迎えた。帰国後映画界に復帰し、31歳のとき『青い山脈』(今井正)に主演、16歳の少年を見事に演じてみせた。高校生を違和感なく演じられる30男は、古今東西を通じて池部良くらいしかいないのではないか。
その後も『暁の脱走』(谷口千吉)、『破戒』(木下惠介)、『現代人』(渋谷実)といった名作に主演し、スターとしての地位を不動のものにした。また中年期を迎えてからは、『乾いた花』(篠田正浩)で初のやくざ役に挑み、ニヒルなインテリやくざを鮮烈に演じてみせた。当たり役となった『昭和残侠伝』(マキノ雅弘)シリーズの風間重吉役も忘れ難い。

 エッセイストとしての活躍もすばらしい。本物の文才の持ち主だった。父親(高名な挿絵画家、池部鈞。岡本太郎は従兄にあたる)との思い出をつづった『そよ風ときにはつむじ風』、映画人との交流をつづった『心残りは…』、過酷な戦場体験を描いた『ハルマヘラ・メモリー』などが代表作。いずれも歯切れのいい江戸弁で書かれており、池部の文体へのこだわりをうかがわせるものだ。

 もう四年近くも前になるが、池袋の新文芸坐で池部特集をやったとき、池部本人のトークショーがあって、ぼくはこの目で往年の大スターを見たのだった。
 舞台に現れたとき、満席の会場が水を打ったように静まり返った。90歳になろうとするそのおじいちゃんは、今でも昔の美貌をとどめていて、背筋はピンと伸び、長身痩躯(身長はおそらく180センチ以上)、スタイルは抜群で、水際立った存在感を放っていた。『昭和残侠伝』の頃よりも痩せていて、原節子に「もやしちゃん」とからかわれていた若い頃を思わせる体つきだった。
 話術も抜群で、エッセイそのままの鮮やかな語りで会場を魅了した。名画座通いをしていると、トークショーなどで俳優や女優を直接目にする機会もあるけれど、おじいちゃんの池部良ほどオーラを感じさせた人はいない。
「これがスターなんだ」と、興奮しながら思ったことを今でもよく覚えている。

いずれ追悼上映会をやろう。

2010年10月9日土曜日

間違い探し

「紺屋の白袴」という言葉があります。あるいは「医者の不養生」。

つまり、編集というのは人さまの原稿を預かる身であって、それのチェックなどしていたら自分の原稿に誤字が混ざっても気づかない、という意味合いの諺ですね。最新号をお手持ちの方は43頁右の列の真ん中あたりを見ていただきますと、「木」という字がございます。

なになに? その前の段落の方が訳がこなれていなくて問題じゃないか? まあ、それはその通りでごもっともなのですが、もっと本質的な問題がありまして、この訳は前号来、全体を通してひらがなまたはカタカナのみで来たのです。それなのに、ついつい「木」が、なんの疑問もなく入り込んでしまいました。表音文字同様に一音しか持たないせいかもしれませんが、残念なことです。

もっとも、こんな些細な部分よりも、全体のできの方が大事なんですけどね。

「木を見て森を見ず」なんて言葉もありますので。

吉田喜重

京橋のフィルムセンターで、何と喜重特集をやってるじゃないか! うちの学生は無料で見れるので、みなさん仏文の大先輩に敬意を表して見に行きましょう。

30日の『秋津温泉』の回には、岡田茉莉子夫人も登壇するとか。去年に出たばかりの茉莉子さんの自伝を持って、映画館に出かけよう。

『秋津温泉』。あのロケーションといい、林光のあまりにも美しい音楽といい、他にはないような映画だよなあ。

2010年10月4日月曜日

幻のカラオケ、並びに予告編

冬学期の始まる前に景気づけにカラオケをやろうと自分から触れまわったくせに、ようやくリズムにのってきた修論を書き進めているうちにすっかり時が過ぎてしまった。その気にさせてしまった方々、どうもすいません。今でもやる気は満々だけど、自分から企画する余裕は今はないです。誰か奇特な方、代わりに予定を立ててください。俺は家で論文書きながら、カラオケのテレビ画面より参加したいと思います。

なお、小説の冒頭らしきものを書くことが好きなバルドスが、また新作を企画している。今度の作品の題名は「サーシャ」。舞台はペテルブルク。ネヴァ河沿いの宮殿通りをワゴン車で暴走するのが大好きな、優しいおじさんの話である。乞うご期待。

2010年10月3日日曜日

Kindleと読み上げ機能

さて、もうすぐ新学期ということで皆様いかがお過ごしでしょうか。僕は通年の授業の準備をしたりなんだりで文章を打つ時間が長くなり、そうするとブログを書く気力も落ちてくるわけです。くわえてギターを弾きすぎて腰が痛くて散々で、PCに向かうのもつらいのですが、まあなんとかなるでしょう。

相変わらずKindleの欠かせない日々を送っているのですが、今日はテクスト読み上げ機能について。Kindleは背面にスピーカーがついていて、実はMP3も再生できます。僕はバッテリーが心配なので使っていませんが、好きな曲を再生しながら優雅に読書、なんてこともできるようです。さらに、テクストを読みあげてもくれます。男声・女声、それに早さも三段階から選べるのですが、個人的には初期設定の男・普通速が好きです。サンプルを録音する気力がないので省略しますが、ときどき抑揚がおかしいな、と思ったり、チャプターとその次の行を立て続けに読んだりと、改良の余地はあるものの、十分に役立ちます。発音も少し癖があるもののだいたい大丈夫。分らなかったときはテクストを目で追えばいいわけですし。

惜しむらくは、スピーカーが背面にあるせいで、後ろを向けた方が音がクリアになる(けれども、テクストは表に向けないと読めない)ことですが、コンパクトな中にスピーカーを納めただけでもよくやったと思いたいところです。

ちなみに英語以外だとひどいことになります。ドイツ語だとけっこう笑えます。
 
…けっこう、音声合成系の音楽の一つのツールとして使えるんじゃないかな? 誰かサンプリング素材として使ったら新しいのにな、などと考えも膨らみますが(とくに英語以外を読ませれば、意味をなさない発音の羅列が生み出せるわけで、そこに偶然性の芸術を生み出す余地があるような)、今日はこんなところで。