2010年8月18日水曜日

晩夏のセラピオン兄弟 2

 
 …片〇氏は静かに語り終えた。聞き手たちは、「臆病な僕の取った行動」の余韻に、しばらく浸っていた。バルドスが沈黙を破った。その眼には涙が浮かんでいた。
「ひぐらしが鳴きはじめたよ。編集室は閉めて、続きはチムニーでしよう」

 チムニーは『本郷通り、』編集部の行きつけの居酒屋である。短い煙突を懸命に上空に伸ばしている、レンガ造りの古い小さな建物だ。夕暮れ時の外観は陰気だが、中はランプが煌々と燃えていて明るかった。まだ早い時間だから客は入りは少なかったが、早くも酔いのまわった学生の一団の話し声が響き、奥のカウンター席では黒いドレスの女が一人泣いていた。

 テーブルを囲んだ五人は、新たなセラピオン兄弟の誕生を祝して乾杯した。そのとき、間が悪くもバルドスの携帯が鳴った。トミー・ヌードルスからだった。席を外したバルドスは、戻ってくると言った。
「すまん、仕事が入った。トミーからだ。この事件にはもうお手上げだよ。」その顔はすでに探偵のそれになっていた。
「俺も行こうか?」相棒のショーン・カワギシエフスキーが言った。
「いや、今回は地下にもぐるわけじゃないから大丈夫だ。それにおかげで俺もマンホールのはずし方は覚えたから。これからのみんなの話、あとで全部ブログにのせてくれ、頼むよ」そう言い残して、バルドスは夜の本郷通りへと出て行った。

 残る語り部は三人だった。カワギシエフスキーとケイシー・ツボノヴィッチとイッペイ。語り終えた片〇がカワギシエフスキーを指名したので、彼が次に話すことになった。彼の頭にはすでに語るべき物語が浮かんでいるらしく、表情には活気がみなぎっていた。今まさに語り始めようとした瞬間、カワギシエフスキーの携帯にメールが入った。バルドスからだった。
「みなの名前勝手に作った。気に入らないなら変更せよ」

 バルドスの事件解決を祈って再び乾杯した後、カワギシエフスキーは歌うように語り始めた。
 

1 件のコメント:

  1. >残る語り部は三人だった。カワギシエフスキーとケイシー・ツボノヴィッチとイッペイ。

    いやいや、この枠の中でバルドス氏にも語っていただかなくては。

    返信削除