2010年8月8日日曜日

バラ色の街角に消えた女 1

 プロローグ

 事務所の扉を静かに開けて遠慮がちに入ってきた男は、間違いなくトミー・ヌードルスだった。少し痩せて、6年の年月が経ったことを思わせるくらいには老けていたが、昔のままの底抜けに人の好さそうな顔をしていた。かけている丸縁眼鏡も昔と全く同じものに見えた。私を見ると、急に遠慮を捨てて興奮気味にずかずかと歩み寄り、こちらの差し出した手を強く握りしめた。

 トミーは私の高校時代の友人だった。あの頃のことについて言うべきことは特にない。あれから6年の月日が流れた。それは若者にとって決して短くはない年月だ。トミーは今は小児科医の卵で、私はこうして編集業務に追われ、そのかたわら探偵稼業を行っている。

 トミーは、私が探偵事務所を開いたことを人づてに聞きつけ、私に相談したいことがあると連絡を取ってきたのだった。どうしても直接会って相談したい、一人で考えるには重すぎるんだ、と言うその声は、電話越しに聞いている分には、そんな切迫した問題を抱えている人のものとは思えなかった。いつも興奮していて、理由もないのに楽しそうで、突然甲高い声で笑い出す、昔の彼の姿がそのまま脳裏によみがえってきた。だからこそ、逆に気がかりでもあった。あのトミーが何か事件に巻き込まれたとしたら、きっと深みにはまり込まずにはいられないだろう、という気がした。そして事の重大さには気付かないままに、いつの間にか事件の中心人物になってしまっているのではないか。

 一通りの挨拶がすんだ後、私の前に腰をおろしたトミーは、不意に甲高い声で「俺の恋愛話を聞いてもらいたいんだ」とにこやかに宣言した。その時点で嫌な予感がした。早口でまくしたてる彼の話を聞きながら、私はその予感が的中したことを悟った。


 

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