2010年8月18日水曜日

僕が乗った電車 (セラピオン兄弟1)

 駅で電車を待っていたんだ、家に向かう電車をね。セミがうるさく鳴く季節で、夕焼けと、それを突き刺す黒いビルの陰をぼけっと見つめて、空気がよどんでいるせいで、時間が動いていないんじゃないか、と思える、まあよくある晩夏の情景だね。
 電車が一つ通り過ぎた。待っていた駅は快速も停まる駅だったけど、そういう駅でも通り過ぎる特別車両というのもあるものだよね。特に不思議には思わず、次を待った。
 でも次も通り過ぎた。え? と思い、それでも待った次の電車も通り過ぎる。周りを見ても、自分みたいに困惑する人々の姿はなくて、というか僕しかいないんだ。明かりの灯らない駅舎で、僕は消えそうな夕陽を頼りに時刻表を読んだ。そこには、一時間ごとに刻まれた横線が走るばかりで、一つとして数字が書き込まれていなかった。まるで夕焼けの赤い色には反応しない、特別な透明インクで書かれているみたいにね。
 僕はもう訳が分からなくなって、とりあえず駅を跳び出した。もっと冷静にそんな不思議な状況を観察すればよかったのかもしれないね。でも、怖かったんだ、一刻も早く日常に帰り着きたい、その思いで一杯だった。人間の本質っていうのはああいうパニックのときに一番出るね。僕はどこまでも臆病者だった。
 そんな臆病な僕がとった行動は、

(この続きは、「本郷通り、」の次号、創作特集に掲載される予定です。ただしいつ出ることやら)

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