2010年12月13日月曜日

夜明け (ミーチャのアルバムより)

 修士の学位論文を提出した日、長い蟄居生活が明けたことを記念して、ミーチャは同じ提出組の仲間たちと祝杯をあげに行った。午後のまだ遅くない時間だった。日の光に満ちた明るい店内で、空き腹に酒を流し込んだ。そのまま杯を重ねているうちに、夜になった。帰る気も眠る気もなかったから、今度はダンスホールに繰り出した。

 そうして夜っぴて歌って踊りつづけた。そのうち酔いはさめ、意識が冴えてきた。濁った空気は重く、手足も重かった。やがてウェイターが気のない声で時を告げ、一同は言葉少なにホールを後にした。

 一年で夜がいちばん長い時季だったから、あたりはまだ暗かった。だが、夜の密度は確実に薄らいでいた。じきに日が昇り、残された夜を迅速に蝕んでいくだろう。そして再びもう一つの日常が始まるのだ。ミーチャの胸の内を察したかのように、サーシャが言った。「論文を書いていた間はやりたいことがいっぱいあったはずなんだけど、何だかみんな忘れてしまったみたいだ」

 改札で仲間たちと別れた。プラットホームにはすでに始発列車が待っていた。すべての扉を開け放したがらんどうの車両が、延々と長くのびていた。ミーチャは寒々とした車内の隅の席に腰をおろした。マフラーをきつめにまき直し、コートの襟をかき合せた。白熱灯の冷たい光が疲れた神経をかえって刺激するかのようで、昨夜のまだ新しい記憶が脈絡もなく頭の中で明滅した。列車が動き始めた。やがてミーチャは、ただ肉体が要求するだけの眠りに落ちていった。

 目が覚めたとき、すでに夜は明けていた。向かいに座っている、明らかに酔いどれの風体をした中年男が、無精ひげをさすりながら大きなあくびをした。ミーチャもつられてあくびをした。まだいくらか酔いの残っているらしい男は、おどけた顔でミーチャにウィンクをしてみせた。

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