2010年8月9日月曜日

夜の海 (ミーチャのアルバムより)

 傷心のミーチャは、仲間と連れ立って海辺の静養地へと旅に出た。海岸沿いにひた走る列車を乗り継いで町に着いたときには、陽はすでに沈みかけていた。本通りをはずれたところにある安い宿屋に慌しく旅装を解くと、さっそく暮れなずむ町へと繰り出した。

 かつて栄えたリゾート地も今はひなびた温泉街だが、それでも旅館や飲食店の立ち並ぶ本通りは、かつての繁栄の名残を留めていた。通りをしばらく行くと、歓楽街はあっけなく途切れるが、道はその先も長く続いており、さらに進むとやがてその向こうに海が見えた。すでに太陽は沈み、夜の闇の中で海は巨大な黒い塊のようだった。だが、風は確かに海の匂いと波の音を運んできた。

 ミーチャの一行は、人気のない浜辺に下り立った。海は月の光に照らされて鈍く光っていた。一人が裸足になってズボンの裾をめくり上げると、歓声を上げて海へと駆け出した。残りの者も遅れじとそれに続いた。一人残ったミーチャは、じっと海を見ていた。夜の海。それは物憂い眼差しで眺めるものではなかった。呼び招く波のリズムに誘われるように、やがてミーチャも海へと入っていった。足の裏を柔らかく押し返してくる砂土、冷たく優しく肌を撫でる水。暗い海の中を歩きながら、ミーチャははじめて声に出して言った。「俺ははげしく生きたい」と。

 その瞬間、軽快な破裂音を立てて遠く花火が上がった。青い光がさっと空と海を照らした。「青玉のしだれ花火のちりかかり消ゆる路上を君よいそがむ」。昔覚えた歌をふっと哀しく思い出しながら、それを振り払うように、ミーチャは入水者を思わせる確固たる足取りで更に深く進んでいった。

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