(「昨日のことなんだけど…」とツボノヴィッチは語りはじめた)
夜、駅前を歩いていたら、あれー久しぶり、と浅黒い肌の青年に話しかけられた。僕はそれが誰だかわからなかったけれど、ああ、と曖昧な返事をした。青年は嬉しそうににこにこ笑い、僕の肩を叩いた。いや、ちょうどよかったよ、今みんなで公園で花火しようと思ってたんだ、一緒に来いよ、もうみんな待ってる。青年は、缶ビールがたくさん入ったコンビニのビニール袋を掲げて、目の前の公園を指した。いや、ちょっと、と口ごもりながら断ろうと思っているうちに、青年にぐいぐい引っ張られて、僕はそのうち観念した。誰なのかさっぱり思い出せないけれど、どこかで一度だけ会ったことのある友人の友人とかかもしれない、集まっているみんなとやらに会えばわかるかもしれない。
暗闇に沈みかけている小さな公園には、十人くらいの男女が集まっていた。浅黒い肌の青年と僕は、大げさな拍手と歓声で迎え入れられた。しかし誰の顔にも見覚えはない。というか、みんな同じ顔、たとえるなら狐のような顔をしているように思えた。でもそれは薄闇のせいかもしれないし、青年に手渡されたビールを飲みはじめた僕にはもう、どうでもよかった。
打ち上げ花火、線香花火、ねずみ花火。僕たちは次々と花火に火を点け、そのたびに歓声をあげ、手をたたき、笑いあった。僕は最後の打ち上げ花火に火を点けた。花火はひゅるる、と心細げに空に上り、それから鮮烈な破裂音とともに空一面に花開いた。これはすごいな、と言いながら僕は上機嫌でみんなの顔を見た。花火の光に一瞬照らし出されたみんなの顔は、誰一人笑っていなくて、ただ怖い目でじっと僕を見つめていた。花火が消えると、辺りはいつの間にかすっかり深まった暗闇に包まれていて、そこには空になった缶ビールを間抜けに握りしめた自分以外に誰もいなくて、そもそも駅前に公園などなかったし、どこだかわからない荒涼とした土地に僕は茫然と立ち尽くしていて、風が静かに唸りをあげ、さっきのみんなの冷たい視線がいつまでも僕の過去を厳しく責め立てているような気がして、酔い心地が吐き気に変わり、僕は耐え切れずにぎゅっと目を瞑り、世界は本当の闇に沈み込み、それから背後で微かに秋の虫たちが鳴き始めた。
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