2012年8月13日月曜日

バルドス探偵事務所再開

 バルドスは、友人のケイシーが主筆を務める「本郷新聞」に短い求人広告を載せた。「バルドス探偵事務所再開。ショーンを探す。相棒求む」。ほとんど確信に近い期待を抱きながら、バルドスは終日事務所で待っていた。
 翌日、事務所の扉を開けて一人の青年が入ってきた。バルドスの期待は裏切られなかった。表通りの光を浴びて影のように立っていたのは、あのイッペーオ・トゥリードーマだった。
 

2012年8月10日金曜日

セラピオン兄弟、再び


今日久しぶりにケイシーに会った。かつて毎日のように並んで歩いた本郷通りを、記憶を確認するようにゆっくり下っていった。ある建物の前で、私たちの足は自然に止まった。

 昔ここに市政館があり、その奥まったところの一角に私たちの編集室があった。市政館を統べていたのはコジ・カーター。私とケイシーも市政の一翼を担っていた。私たちは激しい公務の合間をぬって編集室に集い、雑誌や文集を作っていた。

 今ここにあるのは無人の館だ。往時の瀟洒な姿をわずかに留めているが、赤レンガは色を失い、壁にはツタが絡まり、汚れた窓ガラスは光を透さない。新たに建てられた市政館はここから数百メートル離れたところにある。そこを治めているのは、もはやコジ・カーターではない。私たちは政争に敗れ、それぞれの職を辞したのだ。

 青春の跡地に無言で立ち尽くしていた私たちは、旧市政館の塀に書かれた真新しい落書きにほとんど同時に気付いた。「花とりどり人ちりぢりの眺め窓の外の入日雲」。私たちは顔を見合わせた。その特徴的な筆跡を見誤りようもなかった。コジ・カーターのものだった。そこに込められたノスタルジーを、私たちは瞬時に感じ取った。「セラピオン兄弟」とケイシーがつぶやいた。

 セラピオン兄弟。編集室に集まる仲間を私たちはそう名付けていた。近づきつつある政治の嵐を予感しながら、それに背を向けるように、私たちはここに集い、語り合い、小さな文集を作っていた。現実から逃避した夢想家の集まりと言われても、あえて否定はしない。それでも、あの空間が無意味だったとは誰にも言わせない。語り合うこと。詩を朗読すること。一人泣いている黒いドレスの女が不意に仲間に加わりたいと言ってきたら、当たり前のように受け入れること。あの「親密な連帯」には確かな息吹があったのだ。

 大切なものをあまりにも安く時間に売り渡してしまったのかもしれない。そう思うと胸が疼いた。そのとき不意にケイシーが言った。「また集まろうか」。穏やかな声で何気なく発せられた言葉は、その何気なさゆえに気高く響いた。そうだ、もう一度集まればいい。いともたやすく流れすぎていく時間にただ身を委ねているだけでいいのか? たとえ現実に離散していても、私たちには言葉がある。この想像の場所に、私たちはいつでも立ち帰ることができるはずだ。


友よ、再び番がめぐってきた。さあ、何か語ってくれ。


2012年7月24日火曜日

塚谷教授ブックトークのおしらせ

お久しぶりです、編集(片)です。というか誰も見ていないか、ひょっとするとRSSリーダーなどに登録されて突然久しぶりにこの記事をご覧になる方も多いかもしれません。

「本郷通り、」は編集部変更のドタドタでげんざい残念ながら休刊しているようです。引き継ぎをうまくできなかった私にもその一因があると思いますが、それはともかく。

理学部の塚谷教授、かつてドリアンについてご高説いただいたあの塚谷教授から、ブックトークのお知らせをいただきまして。せめてこれだけでもご案内しなくては申し訳ないなと久しぶりにブログの更新をする次第です。

http://www.lib.u-tokyo.ac.jp/koho/news/news/soto_12_07_18.html

上記のリンクのとおり、7/30に図書館でブックトークをされるそうです。その内容は文学研究者にも興味深い、漱石の「それから」についてのもの。実に学際的な感じがして、興味を惹かれる内容ですね。一般の方も参加できるそうなので、ぜひみなさまふるってご参加ください。

それにしても、われながら、「本郷通り、」懐かしいです。ああいう空間が後輩のみなさんにも保たれると良かったんですけどね。こういうのは押し付けることではないので。

2011年1月8日土曜日

そろそろ次号のことなど

暫定編集長代行・カワギシです。
年末年始はとある季節商品を何万枚も右から左へ左から右へと運ぶアルバイトで明け暮れました。目下のところ、月末に振り込まれるはずの賃金(風呂屋代にして1年分強)をあてにして古書漁りの欲求が燃え盛っております。
例えば。文遊社の由良君美を買い、岩波文庫の新刊のホッケを購い、筒井康隆の新刊書評集を求めたかと思えば、スロヴァキアの地方都市に魅力的な品揃えの古書店を見つけて20冊弱注文 …なんて具合。1959年に出たブラッドベリ「太陽の金の林檎」スロヴァキア語版なんて珍本がもうじきわが陋屋の一角を飾ります。
こんなことではいけません。あっという間に短期バイトのアガリなぞ吹っ飛んでしまう。ほんとうに困ったものだ!

…いや、こんな私事を書くために投稿ページにアクセスしたのではない。本題に入ります。そう、次号すなわち「本郷通り、」第7号創作特集の件です。


だいぶ前にも予告記事を書いたと思いますが、年度内の刊行を目指してぼちぼち始動します。
特集は「創作」。勿論特集外の記事も含めて、研究室界隈から原稿を募りたく思います。
また、じつは今回、卒業間近の某君が編集への参戦を希望しておりまして、彼を中心に4年生たちの置き土産の原稿がいくらか集まるかもしれません。
というわけで執筆陣各位の奮励努力を期待します。それとともに読者諸兄は第7号を期待せよ!

2010年12月22日水曜日

コジ・カーターよりバルドスへ

バルドス、きみの手紙を読んだよ。今きみには、次のことしか言えない。
ボッカッチョが『デカメロン』の中で言っているように、
「やった後で後悔するほうが、やらないことで後悔するよりもずっとましだ」
という一句だ。
きみの喜びは昨日の喜びでも明日の喜びでもない。きみの不安も同じだ。それは今この瞬間のものなんだ。
恋愛は政治とは違う。正しい行先を目指すこと、操縦を誤らないようにすることはもちろん大切だけれど、何より大事なのは飛行そのものなのではないのか。
バルドス、きみはもう飛び立ったんだ。ただ飛び続ければいい。

それからもうひとつ言いたいのは、われわれセラピオン兄弟は、遠くから無事を祈ることしかできないけれど、きみをいつも応援しているということだよ、バルドス。

コジ・カーター

2010年12月15日水曜日

日本語の癖と美しさ

ご無沙汰しています。編集(片)です。まぁ、バルドス氏の小説に登場したりと、いろいろと忙しいようです。

次号は創作号、となれば編集部の一同も小説を書かなければいけない、ということで僕も最近は日本語について考えています。頭の中が翻訳でいっぱいなときには、いかに癖のない文体を選び出すか、読みやすい文章にするか、そうしたことを意識して、「そぎ落とす」ことばかり考えていたのですが、最近Kindleで青空文庫からてきとうに古典を拾っては読んでいると、その多様な文体にまた圧倒され魅了されます。四迷の「浮雲」の自由闊達な文体、鴎外の文語調の格調高さ、漱石の漢文交じりの、分らないままに伝わる風格と、「道草」の現代でも通ずるような読みやすさ。

ほんとうは翻訳こそ、そうした文体の癖さえ描き分けるほどに日本語を巧みに操れてこそやるべきなのだろう、と思いながら、その域に達するにはまだ道半ばのまた半ば。少しでも栄養を補給しないと、などと思います。

……そういえば、ロシア語・英語が闊達で昨年度まで非常にお世話になった方も、「きれいな日本語を読みたい」と言っていたなぁ。そのときの僕は、外国語ができないということで頭がいっぱいで、自分の日本語の不足なんて思いも至らなかった。

2010年12月13日月曜日

夜明け (ミーチャのアルバムより)

 修士の学位論文を提出した日、長い蟄居生活が明けたことを記念して、ミーチャは同じ提出組の仲間たちと祝杯をあげに行った。午後のまだ遅くない時間だった。日の光に満ちた明るい店内で、空き腹に酒を流し込んだ。そのまま杯を重ねているうちに、夜になった。帰る気も眠る気もなかったから、今度はダンスホールに繰り出した。

 そうして夜っぴて歌って踊りつづけた。そのうち酔いはさめ、意識が冴えてきた。濁った空気は重く、手足も重かった。やがてウェイターが気のない声で時を告げ、一同は言葉少なにホールを後にした。

 一年で夜がいちばん長い時季だったから、あたりはまだ暗かった。だが、夜の密度は確実に薄らいでいた。じきに日が昇り、残された夜を迅速に蝕んでいくだろう。そして再びもう一つの日常が始まるのだ。ミーチャの胸の内を察したかのように、サーシャが言った。「論文を書いていた間はやりたいことがいっぱいあったはずなんだけど、何だかみんな忘れてしまったみたいだ」

 改札で仲間たちと別れた。プラットホームにはすでに始発列車が待っていた。すべての扉を開け放したがらんどうの車両が、延々と長くのびていた。ミーチャは寒々とした車内の隅の席に腰をおろした。マフラーをきつめにまき直し、コートの襟をかき合せた。白熱灯の冷たい光が疲れた神経をかえって刺激するかのようで、昨夜のまだ新しい記憶が脈絡もなく頭の中で明滅した。列車が動き始めた。やがてミーチャは、ただ肉体が要求するだけの眠りに落ちていった。

 目が覚めたとき、すでに夜は明けていた。向かいに座っている、明らかに酔いどれの風体をした中年男が、無精ひげをさすりながら大きなあくびをした。ミーチャもつられてあくびをした。まだいくらか酔いの残っているらしい男は、おどけた顔でミーチャにウィンクをしてみせた。